ここのところ、車両に大きな動きがあったため、少し間が開いてしまったATS-PT講座ですが、前回(第9回)は、非常ブレーキしかないATS-PT車上装置の問題点について解説しました。
通常の運転ではさほど影響ないものの、信号が上位変化した場合に、以下の点が円滑な運転を妨げることになります。
第10回となる今回もこの2点に着目しつつ、もっとも問題となることが多い「停止信号で一旦停止場合の取扱い」についての具体例と、最近実施された改良方法について説明します。
下の図は、場内信号機に停止現示(赤)が出ているときの、車上パターンと実際の運転操作を示したものです。赤の線はATS-Pによってブレーキが作動するパターン。青の線はブレーキ動作の5秒前に鳴る接近警報のパターンです。
赤い線にあたった場合、JR東・西のATS-Pは常用ブレーキがかかるだけで、所定の速度まで下がればブレーキは自動的に緩みます。しかし、ATS-PT車上装置はいきなり非常ブレーキをかけてしまいますので、通常の運転時にはこのパターンに当たることは避けなくてはなりません。このため、ATS-PT搭載車では、青い線(パターン接近)に当たった時点で運転士が手動でブレーキをかけて速度を落とします。
さて、停止信号にかかわる運転取り扱いでは、停止信号の50m手前で停止することになっています。そこで、黒い破線のように速度を落とし、信号機の50m手前で列車を停止させます。ここまではとくに問題ありません。
次に下の図を見てください。所定の位置で停止したのち、前方の進路が開通し、信号が停止から注意現示に変わりました。通常の運転規則であれば、45km/hないし55km/hの制限速度をもって、信号を超えることができます。
しかし、ATS-Pは車上装置にパターンが残っています。パターンは地上子を通過するまで更新されないので、むやみに速度を上げることはできません。
場内信号機の50m手前を発車した列車は、20m程度走ってTS-30地上子を通過するまで、停止パターンが残っています。通過前に速度を10km/h以上に上げてしまうと、パターン接近の青い線にあたってしまい警報が鳴ります。そこでパターンが更新されるまでは、運転士は10km/h以下に落とす、あるいは最初から10km/h未満に速度を抑えて運転します。
ところが、PTではもう一つの問題が生じます。ATS-PT車上装置はパターンの消去(更新)を運転士に通知しません。TS-30を超えた時点でパターンは更新されるのですが、運転士はそれを知ることができないので、ないはずのパターンを恐れて信号機建植位置まで10km/h未満で走行することになります。10km/h未満という速度は、体感的にハエでもとまりそうなぐらい(笑)。この50mを通過するのに、以前なら10~15秒程度のところが、30秒以上かかってしまうことも。さらに、信号機を超えてからやっと速度を上げるので、ロスタイムは相当なものになります。
そもそも駅の手前で停止を余儀なくされること自体、ダイヤに遅れが生じているわけですが、PTの取り扱いによって、ますます遅れが拡大することになるわけですね。
さて、このような問題を解消するにはどうすればよいでしょうか、思いつくところを並べると、
1番目はJR東西のATS-Pと同様の改良を施すわけですが、PTの根幹に関わる部分なので、そう簡単には実施されないでしょう。2番目は、ATS-PFやATS-Ps車上装置で実績がありますが、これも新たなコストが発生しそうです。3番目は対症療法的なもので、頻繁に列車を停止させる信号機にのみ、地上子を増設するものです。1番・2番ほどではありませんが、新たなコストを生じます。
さて、どうするのかと思っていたのですが、8月ごろに動きがありました。おそらくもっともコストのかからない方法です。それは、
というものです。下の図をご覧ください。
つまり、所定では50m手前であった停止位置を、消去用地上子TR-85の直前に変更するというわけです。
具体的には、TR-85地上子の直前に[ ○ ]と書かれた停止目標(枕木上)を設置します。この位置で停止すれば、信号が上位に変化して発車すると、すぐにTR-85地上子を通過し、パターンが更新されるんですね。旧来のTS-30地上子を通過するときに比べて、パターンにも速度的な余裕がありますので、運転士は何も考えずフルノッチを入れて速度を上げられるというわけです。
現在のところ、場内信号機に対して停止目標が設置された駅は、
この3箇所を確認しています。いずれの駅も、駅構内の進路がなかなか開かず、場内信号機で列車が停止することが多い駅です。PT導入以来、遅延が多発していましたが、この措置によってスムーズな運転が実施されるようになりました。
ただし、この方法はどんな駅にでも適用できるものではありません。以前説明したとおり、TR-85は必ず設置されているわけではないからです。また、出発信号機と停止位置が近い場合の問題が生じる箇所については、抜本的な対策とはなりえないのも事実です。とはいえ、簡単な方法で問題をクリアしてくれたのはありがたいことです^^
2012年に入り、消去用地上子を通過したことを示す標識が、新たに追加されている箇所が出てきました。
これも円滑な運転のために実施された改良と思われます。効果に期待したいところです。