ATS-PT講座の9回目です。前回も含め、ここのところ車上装置について解説を続けており、今回も車上子についてお送りする予定でした。ところが、ATS-PTの取り扱いに変化の兆しがあったことから、PTの問題がどこにあるのか、その解決策はどのように実施されるのかについて、お話ししたいと思います。今回はその前段として、問題点の整理です。
JR東日本・西日本で採用されている通常のATS-Pは、速度照査パターンに当たると、自動的に常用ブレーキが動作し速度を落としてくれます。所定の速度まで落ちると自動的にブレーキは緩解し、運転を続行することができます。パターンにあたってブレーキがかかることは、日常的とも言えるでしょう。
一方、ATS-PTはパターンに当たると、即座に非常ブレーキが作動して、列車を停めてしまいます。非常ブレーキで列車が止まる、被害こそありませんが、一種の事故扱いです。場合によっては、ニュースになってしまうこともあります。したがって、パターンに当たることは避けなくてはなりません。
さて、ATS-Pはパターンに当たる前に、警報音と警告灯でパターン接近を知らせます。ブレーキが作動する5秒前にパターン接近警報を発して、運転士に知らせる仕組みです(下図)。JR東日本ではパターン接近が鳴っても、運転士は割りと平気な顔をしていますが、JR東海では放置すれば非常ブレーキですから、慌ててブレーキをかける姿が見られます(苦笑)。結局のところ、運転取り扱いには
扱うパターンに差が出てくるわけですね。
とはいえ、パターン接近警報は滅多に見ることもありません。たとえば、上の図は停止信号でのパターンと実際の運転曲線を示したものです。ATS-Pのパターンは信号機の10m手前で停まるように設定されていますが、実際の運転取り扱いは信号機の50m手前で停止ですから、十分に余裕があります。
赤信号で進めないのに、ギリギリまでブレーキを遅らせる運転士もいませんので、そう簡単にパターン接近が点灯することはありません。非常ブレーキしかないから、運転が即シビアだとは言えないようです。
この講座の第6回で、停止信号が途中で上位(注意・進行)に変化した場合、消去用地上子が車上に残ったパターンを消去(更新)してくれることを説明しました。ATS-Pはパターンを車上に記憶しますので、信号が変わっただけではパターンは消去されませんが、途中の地上子を通過すれば、車上のパターンが更新されて、加速を可能にしたり、不要な減速から開放される仕組みです(下図)。
実は、「通常のATS-P」と「非常ブレーキしかないATS-PT」で、取り扱いに大きく差が生じるのは、こんなふうに停止現示が上位変化したときなんですね。
下の図は、実際のブレーキパターンを想定したものです。信号機から10m手前のポイントを0km/hとして、ブレーキパターン(赤の線)はおおむね2.7km/h/sを想定し、1秒間の空走距離を加えたもの。パターン接近(青の線)は、5秒の空走距離を考慮したラインとしています。直下地上子は信号機から30m手前に、消去用地上子は信号機の手前85mおよび210mにあるとして、交点の速度を計算してみました。なお、JR東日本など通常のATS-Pでは210mではなく180m手前に設置しているので、その点の速度も求めています。
さて、下のグラフを見ながら、実際の運転の違いを考えてみましょう。停止信号を示した区間に列車が近づいてきました。その後、途中で信号が注意に上位変化したとします。地上子を通過すればパターンが更新されるといった状況です。
まず、JR東日本など通常のATS-Pの場合です。注意に変わったわけですから、列車は55km/hを保って信号機に近づいてきます。青い線と交差したところで、パターン接近警報が鳴りますが、信号が変わっていますから、そのまま進むと図のT-180を通過した時点でパターンは更新されます。ちょうどブレーキパターンが55km/hなので、一瞬ATSブレーキはかかるかもしれませんが、すぐに緩みます。T-180を通過してから信号が上位変化した場合でも、ATSブレーキで35km/hまで速度が落ちた時点でT-85を通過し、ブレーキは自動的に緩みます。
一方、ATS-PTは、そんな簡単なわけにはいきません。同様に信号が注意に上位変化し、55km/hで近づいていくと、210m手前の消去用地上子を通過する前に、パターン接近警報が鳴ります。
「うわ!鳴った!」
と運転士はブレーキをかけます。すぐに210mの消去用地上子を通過して、パターンは更新されるのですが、あいにくATS-PTにはパターンの更新を運転士に伝える仕組がないのです。音も鳴りませんし、表示もありません。その結果、必要以上に速度を落としてしまったり、マスコンを投入して落とした速度を再び上げる操作にためらってしまうわけですね。
210mの地上子を超えて信号が注意に変わった場合は、もっと悲惨です^^; 次の消去用地上子は85m手前。25km/h程度で通過すれば、パターン接近を鳴らさずに通過できますが、それ以上の速度ではパターン接近が鳴って結局速度を落とすことになります。85mの地上子は場所によってあったりなかったりですから、運転士もパターン更新に確証が持てず、10km/hまで落として場内信号を通過するというケースが少なくありません。こうなるとATS-PTがなかった時代に比べ、1分ぐらいは遅延してしまうでしょう。
何かに付け、非常ブレーキしかないことが問題視されるATS-PTですが、つまるところの問題点は、
この2点に集約されるでしょう。
ところでATS-PT以外にも、非常ブレーキしかないATS-P車上装置はあります。たとえば、JR貨物の機関車に装備されるATS-PFや、番外編で紹介したATS-Psなどです。しかし、この二つの車上装置は速度パターン表示器を装備していて、パターンの更新を知ることができ、二つめの問題がクリアされているんですね。
右の写真(ウィキペディアより)がATS-Psに搭載の速度モニタです。3種類の状況を示していますが、左側の緑のLEDが実車の速度を示し、右側の黄色のLEDが速度パターンを示しています。これがあれば、どの程度パターンに近づいているのかがわかりますし、黄色のLEDが跳ね上がればパターン更新だとわかります。これがATS-PTにもあれば話は簡単なんですけどね^^;
次回(第10回)のATS-PT講座は、さらなる問題である「場内信号で停止した場合のトロくさい運転取り扱い(笑)」と、最近実施された改善案について紹介します。