ATS-PT講座、今回は番外編です。JR西日本宝塚線事故を契機に、JR各社では新型ATSの導入を進めていますが、輸送量や導入コストに応じていろんなタイプがあります。今回はその違いや特徴などを見ていくことにします。
まずは、本家・本元・フルスペックのATS-Pです。
トランスポンダによる車両⇔地上間の通信、およびパターン速度照査を特徴とするこの方式は、国鉄時代にH-ATSとして開発され、京葉線を皮切りに以下の路線に導入されています。
このように、運転本数が多く列車密度が高い路線、または高速運転を前提に作られた高規格路線に導入されています。高機能なATSは導入コストも高いので、投入路線は限定的なものでした。
また、2005年にJR宝塚線事故が発生すると、ATSに対する国の基準が見直されます。従来のATS-S形やその改良型であるST形では、この基準をクリアするのが難しくなってきました。そこで、パターン速度照査のできるATSを導入する機運が高まりを見せます。
とは言うものの、ATS-Pは導入コストの高いシステムです。なんとかコストダウンをする方法はないものか。ということで、まずは本家・本元のATS-Pの機能と特徴を見てみましょう。
No. | 機能と特徴 |
---|---|
1 | パターンによる連続速度照査ができること |
2 | すべての主信号機に対して、パターン速度照査を行うこと |
3 | トランスポンダによるデジタル通信を行うこと |
4 | 車上から地上への伝送も行なうこと |
5 | 速度照査情報はすべて地上からの電文によること |
このうち、どうしても必要なのはパターンによる連続速度照査だけです。それ以外の機能のうち、あまり重要でないものは省くことで、コストダウンを図った新型ATSが開発され、各社に導入されていくことになります。
コストダウンを図ったパターン速度照査対応ATSについて、以下の表にまとめてみました。JR東日本は本家・本元ATS-Pのほか、輸送量に応じてATS-PNやATS-Psも用意され、計3種類のパターン速度照査ATSを使い分けています。
種別 | 導入会社 | 伝送方式 | コストダウンの ポイント |
互換性 | |
---|---|---|---|---|---|
P形 | S形 | ||||
ATS-PN | JR東日本 | デジタル (トランスポンダ) |
無電源地上子 | あり | なし |
ATS-PT | JR東海 | ||||
拠点P | JR西日本 | S(Sw)形併用 | |||
ATS-Ps | JR東日本 | 変周式 | S形地上子 | なし | あり |
ATS-DN | JR北海道 | 変周式 +デジタル |
車上データベース | ||
ATS-DK | JR九州 |
このうち、上の3つ(ATS-PN・ATS-PT・拠点P)については、フルスペックATS-P形の機能をいくつか省略してコストダウンした方式。一方、下の3つ(ATS-Ps・ATS-DN・ATS-DK)は、ATS-S形に機能を付加してパターン速度照査を可能とした方法と言えます。このため、前者はP形と互換性があり、後者はS形と互換性を持っています。
いずれの方法も、地上設備の設置コストを下げていることは共通しています。
フルスペックのATS-Pは、エンコーダ方式の地上子を基本とし、地上子が送る電文はすべてエンコーダ(符号処理器)が作成しています。エンコーダは、連動装置や信号システム、さらに別のエンコーダとも通信しており、複雑なネットワークを組んでいます。このため、進路条件に応じた複雑な処理が可能で、車上から列車の情報を受けて信号の現示を変えることも可能です。その代わり、このシステム構築に多大なコストを要します。
一方、無電源地上子はエンコーダを必要としないのが特徴。信号機の現示条件に合わせて、あらかじめセットされた最大5種類の電文を切替えるだけの単純な構造です。従属する信号機と通信ケーブルでつながっているだけの、いわば家庭内LANのようなシステム。電源も車上子から無線で供給されるので、電源ケーブルも必要なく、設置コストを安くすることができます。
ただし、無電源地上子は進路があまり複雑な駅などには対応できませんし、車上から地上への通信も不可能です。このため、必要に応じてエンコーダ式の地上子も併用することになります。それでも大半の地上子は無電源方式とできるので、全体のコストを大幅に下げることができます。
このブログではもっぱら無電源地上子のPT紹介していますので、ここを読んでくれている人にとっては、無電源地上子の方がなじみ深いかもしれません。詳細は当ブログのATS-PT講座(とくに第5回がおすすめ)をご覧ください。
JR西日本の東海道線・山陽線などで導入されているP形とS形の併用方式です。場内信号機・出発信号機はフルスペックのATS-Pを設置し、閉塞信号機は一部を除いて従来のATS-Sw形を使用する方法です。駅付近にしかP形地上設備を導入しないので、駅間距離の長い路線では、コストを下げることができます。
ATS-Pと言えば、停止位置までの距離や勾配情報をデジタル電文によって、列車に送る方式ですが、このATS-Psはデジタル電文を使いません。使うのは旧来のS形(SN形)地上子のみです。S形地上子は、変周式という方法で車上へ情報を送ります。地上子にはコイルがあり、特定の周波数でコイルを発信させています。これを車上子が検知して列車は情報を得ますが、検知できるのは周波数だけ。複雑な情報は送れません。
そこでATS-Psでは、地上子を複数並べて、その距離を調整すること情報を送ります。つまり、周波数が情報の種別を示し、次の地上子までの距離が具体的な情報量となります。この方法によって、下り勾配の情報や制限速度を車上に渡し、パターン速度照査を行なうことができます。
この方法の優れているところは、旧来のS形(SN形)に地上子を付け加えて設置できるため、コストが安い点。また、Ps形の車上装置を持っていない他社の車両でも、従来の車上タイマー方式ATS(たとえばJR東海のST形・JR貨物のSF形)を持つ車両であれば、パターン速度照査こそできないものの、旧来の点速度照査が可能である点です。地上子の設置方法に制限も多いので、あまり複雑なことはできないようですが、コストパフォーマンスに優れます。
JR東日本で、ATS-PN導入路線よりさらに運転本数の少ない地域に導入されています。現在のところ拠点設置(閉塞信号機には設置しない)が原則のようです。
ATS-Pは、信号機までの距離や速度制限などの情報を、地上子により送るのが基本です。このため、延長の長い路線に導入すると、どうしても地上設備コストがかさみます。そこで、信号機の位置や速度制限の情報を、あらかじめ車両に記憶しておけば、たくさん地上子を設けなくてもよくなります。これが車上データベース方式で、鉄道総研がATS-Xとして開発したものがベースになっています。
信号機の現示情報は変化しますから、地上子もある程度は設置します。地上子はPs形と同様にS形地上子を用いますが、改良を加えて変周式のほかデジタル電文も送れるように改良してあります。信号防護に関しては、JR九州のATS-DKが地上子のデジタル電文主体、JR北海道のATS-DNが車上データベースを主体という違いがありますが、曲線部の速度制限などは双方ともに車上データベースを主としているようです。詳しくは以下を。