ATS-PT講座前回は、信号を防護する地上子について、ロング・直下・消去用の三種類があること、信号の現示条件に応じて、停止位置までの距離を車上子に送信していることを説明しました。まずは、簡単にまとめましたので、おさらいしておきましょう。
下図は、前回用いた図を動画にして1枚にまとめた事例です。着目していただきたいのは、第3閉塞信号機の現示状態と、停止位置の関係です。
ATS-PTは、停止現示を示している信号機の10m手前で列車を停めます。このため、この停止位置までの距離を、地上子は列車(車上装置)に送る必要があるわけですね。上の図の事例の場合、第3閉塞信号機にぶらさがっている地上子が送信するのは、下表の距離になります。
地上子の種類 | 地上子名 | 第3閉塞信号の現示 | ||
---|---|---|---|---|
停止(R) | 注意(Y) | 進行(G) | ||
ロング地上子 | TL-600 | * 588m | 1,388m | 2,120m |
消去用地上子 | TR-210 | 200m | 1,000m | 1,728m |
直下地上子 | TM-30/TS-30 | ** 20m | 820m | 1,548m |
このように、各地上子が送信する距離は、信号の3つの現示条件に合わせて、それぞれ3パターンしかないことがわかります。したがって、第3回で説明した無電源地上子(電文可変タイプ)に、この3つの距離をセットしておき、それを信号機の現示に合わせて切替えるというわけです。上の事例は3現示式ですが、無電源地上子は5種類までの電文を格納できますので、減速や警戒信号もある5現示式でも対応可能です。
ATS-Pと聞くとなにやら複雑なネットワークで処理しているイメージが強いですが、ことPTの地上子に関しては、上に説明した信号機と地上子だけのローカルなネットワーク、言ってみれば家庭内LANのような構成が大半です。ATS-PTはこの簡単な構造を採用して、地上子の設置コストを抑えています。
続いて各地上子の解説です。まずはロング地上子。信号機の情報を最初に送信する地上子で、信号機の手前600mに設置します。地上子にはTL-600と書いてあるのが確認できます。Tはトランスポンダ(Transponder)の頭文字。Lはロング(Long)。600は信号機からの距離(メートル)です。
この600mという数字に、見覚えがあるかもしれません。いわゆる「600m条項」で「列車は600m以内に停止しなければならない」という在来線の高速化を縛ってきた規則です。現在はこの規則自体は消滅していますが、高規格の高速新線でもない限り、事実上はいまも準用されています。というわけで、ATS-Pでは速度照査を行うにあたって600m手前で情報を送ることが前提になっており、ロング地上子もこれに従っています。ただし、障害物があって設置できないときは、多少前後にずらすことがあります。このため、TL-610と書かれたロング地上子もあります。
さて、停止を現示している閉塞信号機に、列車が近づいてきました(下図)。ロング地上子を列車が通過すると、次の信号が赤であること、停止位置まで588m(590mを4m単位に切り捨て)であること、そのほか停止位置までの下り勾配情報をデジタル電文にて送信。車上子がこれを受け取り、列車に搭載した車上装置は、これらの情報をもとに速度照査パターンを作成します。
あとは、ATS-PT講座第2回で説明したとおり、車上装置が速度と残りの距離を計算して、速度照査パターンと照合していきます。状況に応じて警告を発し、それでも速度が落ちずにパターンに当たると非常ブレーキをかけます。このようにATS-P形では、ロング地上子1個あれば十分な速度照査ができます。
ところで、上の図を見るとあることに気づきます。速度パターンが0まで行かず、あるところで速度一定のラインに変わっています。そう、ATS-Pには絶対停止がないんですね。これは地上子を使うATSの宿命みたいなものです。いくら停止信号で止まらなければならないとはいっても、その後信号が上位に変化して、発車してもよいとなったとき、その情報は地上子を通過して受け取らなくてはなりません。そのとき「絶対動いちゃダメ」なんてATSに縛られると、地上子を通過できず、ずっと動けないことになります。
レールから直接情報を受け取れるATCは停止状態でも電文を受け取ることができるので、絶対停止も可能ですが、地上子を用いるATS-Pは不可というわけです。このため、ATS-Pの減速するパターンは途中で終了し、10km/h一定の頭打ち速度照査パターンに切り変わります。
次に直下地上子です。ロング地上子とは逆で、信号にもっとも近いところに置きます。ATS-PTの場合、閉塞信号機や場内信号機は手前30mに置き、出発信号機は20m手前に設置するのが基本です。出発信号機が20mとなっているのは、駅の停車位置が出発信号機に近い場所の対処でしょう。閉塞・場内信号機は停止現示のとき、信号機の50m手前で停車するのが所定の運転取り扱いですが、出発信号機は駅の構造によってはそうも行かない場合もありますからね。たとえば、名古屋駅8番線は出発信号の9m手前に直下地上子を置いています。
直下地上子は、TS-30(または20)と書かれたものと、TM-30と書かれたものがあります。TSのSはロングの逆でshortの頭文字でしょうね。場内信号機や出発信号機、さらに場内相当の閉塞信号機など、無閉塞運転が禁止されている絶対信号機の直下地上子です。一方、TM-30は一般の閉塞信号機に対する直下地上子で、MはMuheisoku(無閉塞)の略でしょうか(笑)。
さて、直下地上子の役割としては、
この二つがおもなものです。このほか無閉塞運転時の速度照査機能もあるのですが、上記について説明を加えます。
ロング地上子によって発生した速度パターンで、大半の防護はOKなのですが、これに加えて停止信号を超えそうな列車に対し、直下地上子は強制的に非常ブレーキを作動させます。その仕組みを見てみましょう。
下の図を見てください。さきほどのロング地上子で距離情報を受けて、速度パターンを作成した列車が、速度を落としながら停止信号に近づいてきました。信号機は相変わらず停止のままです。規則では信号機の50m手前で停まることになっていますが、これを運転士が失念してどんどん信号機に近づいて来たとします(図・左側)。
ここで直下地上子を通過しました。直下地上子は停止現示のとき、図・右側に示すような、速度パターンがドッカンと落ちるパターンを車上装置に作らせます。このような突然に変化するパターンができると、警告音もなく非常ブレーキがかかるというわけです。これは、絶対停止のないATS-Pで強制非常ブレーキをかけるための方策。もっとも、ごく遅い速度で進入すれば通過もできるのですが^^;
一つめは異常時の動作でしたが、こちらは正常な運転を行ったときの動作です。
停止信号に従い、信号機の手前50mで列車が停止しました。規則どおりの運転です。さて、ここで信号が停止から進行や注意に変わりました。信号は変わったものの、車上装置が作成した停止パターンはまだ生きていますので、パターンを更新しないと列車は信号を超えて進むことはできません。そこで列車は、新しい停止位置情報を直下地上子から受け取って、車上のパターンを更新するわけです
その様子を下図に示します。次回にお話しする消去用地上子と同様の役割で、日常的にはもっとも多い使われ方です。
上の図でいくと、直下地上子(信号手前30m)を通過すればパターンは更新され、すぐに加速ができる理屈です。しかし、ATS-PTの車上装置はコストを抑えたためか、直下地上子を通過したことを運転士が知る術がないのです。JR貨物のATS-PFやJR東日本のATS-Psは、運転台に速度パターンが表示されるモニタが付いているのですが、ATS-PTの車上装置にはありません。地上子を通過しても音もしません。このため、運転士はパターンが更新されているかわからないので、信号機を通過するまでの50mを10km/h以下で走行しなければならないんですね。
ATS-PT導入以来、駅の手前で一度停止信号に引っかかると、信号が変わった後も恐ろしくゆっくり走っているのは、これが原因なんです。
ATS-PT講座・次回は消去用地上子について解説します。