JR東海が導入したATS-PTについての解説、第4回は第3回に引き続き地上子について取り上げます。
ATS-PTは連続的に速度照査を行いますが、あらゆる速度制限に対してすべて速度照査をしているのかといえば、そうではありません。事故に直結するものはきちんと照査しますが、そうでないものは省略しています。
たとえば、信号機の注意現示。いわゆる黄色信号のことですが、通過するときは45km/hまたは55km/hまでに速度を落とす規則になっています。しかし、ATS-Pは注意現示の速度を照査しないのです。注意信号の先にある停止信号で、ATS-Pは必ず列車を停めることができるので、あえて途中段階の制限速度を照査する必要がないというわけです。同様に減速現示(65または75km/h)、警戒現示(25km/h)についても速度照査をしません。
速度照査をするもの | 速度照査をしないもの | |
---|---|---|
出発信号機 場内信号機 閉塞信号機 |
停止信号 | 注意現示 警戒・減速現示 |
曲線速度制限 | 速度制限の厳しい曲線 転覆に対する危険度0.9以上 |
速度制限の緩やかな曲線 |
分岐器速度制限 | 速度制限の厳しい分岐器 転覆に対する危険度0.8以上 |
高速分岐器 |
上の表に、ATS-PTで速度照査を行うものとそうでないものを区別してみました。曲線の速度制限もPTで照査しない場合があります。たとえば中央線の場合、80km/h以下の曲線には速度照査地上子が設置されていますが、95~100km/h程度の制限では見あたりません。
これは、速度照査をすべき曲線に対する国の技術基準が、転覆の危険度が0.9を超えないことと定めているためです。曲線の速度制限は乗客の乗り心地で決められるケースも多く、速度超過が脱線・転覆といった危険に直結しない場合があるんですね。ATS-PTは線区最高速度を別途監視しています。この監視下における最高速度で、速度制限の緩やかな曲線に突っ込んだとしても、転覆に対する危険度が0.9を超えないと判断された箇所は速度照査しない、というわけです。
分岐器も同様ですが、分岐側の速度制限は一般に厳しいので、大半は速度照査を行っているようです。
このように速度照査を行うか行わないかは、すべて地上子の配置によって決まります。車上装置は地上子から受ける電文に基づいて速度照査を行っているにすぎないわけですね(その割りには地上子に着目したサイトが少ないのは気のせいでしょうか^^;)。
では、実際の地上子の配置を見てみましょう。まずは、停止信号に対する防護を行う地上子です。目的は、停止信号(赤信号)を超えて列車を走らせないことです。
以下の図に、閉塞信号機に対する標準的な地上子の配置を示します。「ロング」「消去用」「直下」と呼ばれる三種類の地上子が配置されます。ロングと直下は1箇所ですが、消去用地上子は設置位置や路線の運行状況により複数個設置される場合があります。場内信号機・出発信号機も基本的には同じ構成です。
ATS-PTの場合、各地上子は前回解説した無電源地上子(電文可変タイプ)が基本で、属する信号機と通信ケーブルでつながっており、信号の現示に応じて停止位置までの距離をデジタル電文で送ることになります。第2回で説明したとおり、ATS-Pでは停止信号の10m手前で停めることになっていますので、地上子と信号機の距離から10mを差し引いた距離を送るわけですね。
図の閉塞信号が停止(赤)を現示している場合、以下のように送信します。
地上子の種類 | 地上子の名称 | 信号機 までの距離 |
停止位置 までの距離 |
電文で送信 する距離 |
---|---|---|---|---|
ロング地上子 | TL-600 | 600m | 590m | 588m |
消去用地上子 | TR-210 | 210m | 200m | 200m |
直下地上子 | TM-30/TS-30 | 30m | 20m | 20m |
さて、ここで変な数字が出てきました。ロング地上子が実際に送る電文に注目です。ロング地上子は信号機の手前600mに設置され、停止位置である信号機の手前10mを引くと590mです。ところが、実際に送る距離は588mです。なぜこのようなことになるのでしょうか。
実はATS-Pの仕様は、停止位置までの距離を4m刻みでしか送れないんです。というのも、車上子と地上子のアクセス時間は一瞬です。デジタル通信を行うといえども、正味48ビットの情報しか送れません。バイト換算するとたったの6バイト。この48ビットの中には、地上子に関する基本情報、ブレーキ距離に影響を与える下り勾配情報も含んでおり、とても1m単位で距離を送るだけの情報量が確保されないんですね。そこで4m刻みで距離を送り、ビット数を節約しているというわけです。
この結果590mは、4の倍数でかつ安全側に短い方に丸められ、588mが実際に送られる距離となります。一方、消去用(TR-210)・直下(TM-30)の各地上子が送る距離は、たまたま4mで割り切れるので、そのまま距離が送られています。
前項では直近の信号が停止現示のときについて説明しました。では、注意信号のとき地上子はどんな電文を送るか見てみましょう。
え?注意信号に対する速度照査はやらないんじゃなかったのか?って?
はい、おっしゃるとおりです。「注意信号だぞ~!45km/hまで速度を落とさないとブレーキかけるぞ~!」という働きはATS-Pは行いません。しかし、注意信号が出ているということは、次の信号が赤だということです(三現示式の場合)。つまり、そこから距離を計算して、停止を現示している次の信号までの距離を地上子はちゃんと送るようにできているんですね。
上の図では、第3閉塞信号が黄色つまり注意現示にを示しており、1つの先の第2閉塞信号が赤=停止を現示しています。このとき、第3閉塞信号に属する地上子は以下の距離を電文で送ります。[信号機までの距離] +[次の閉塞区間長]-10mが停止位置までの距離になります。
地上子の種類 | 地上子の名称 | 信号機 までの距離 |
次の閉塞 区間距離 |
停止位置 までの距離 |
電文で送信 する距離 |
---|---|---|---|---|---|
ロング地上子 | TL-600 | 600m | 800m | 1,390m | 1,388m |
消去用地上子 | TR-210 | 210m | 1,000m | 1,000m | |
直下地上子 | TM-30/TS-30 | 30m | 820m | 820m |
このように、信号の現示によって停止信号までの距離がどうなるかをあらかじめ計算しておき、無電源地上子に仕込んでおきます。無電源地上子は5種類の電文をプリセットできますので、これを信号の現示によって切り替えて電文を送信するというわけです。
くどいようですが、進行現示の場合も見てみましょう。想定するのは以下の状態です。第1閉塞信号が停止(赤)を現示しており、その手前の第2閉塞が注意、さらに手前の第3閉塞は進行現示です。
注意信号の場合と同様に、下表のとおり二つ先までの閉塞区間長を加えた距離を算定して、地上子から電文を送ります。今度はロング地上子(TL-600)の距離が4mで割り切れましたが、消去用(TR-210)・直下(TM-30)の各地上子が4mで割り切れない事例を示しています。
地上子の種類 | 地上子の名称 | 信号機 までの距離 |
第1・第2閉塞 区間距離 |
停止位置 までの距離 |
電文で送信 する距離 |
---|---|---|---|---|---|
ロング地上子 | TL-600 | 600m | 800+730 =1,530m |
2,120m | 2,120m |
消去用地上子 | TR-210 | 210m | 1,730m | 1,728m | |
直下地上子 | TM-30/TS-30 | 30m | 1,550m | 1,548m |
ところで、進行現示の場合、次の信号が注意現示であるとは限りません。次の信号も進行かもしれません。しかし、ATS-PTで進行現示の場合は、次が注意現示だと仮定して電文を送っておきます。こうしておくことで、不測の事態(地上子の故障・信号機の停電)が生じても、列車は必ず安全な位置で停まります。
仮定に反して次の信号も進行だったとしても、次の閉塞区間に入れば新たな電文を受け取り、距離情報は更新されます。閉塞区間長は通常600m程度はあります。したがって、1200m手前で距離は更新され続けることになり、無駄にパターンに当たることはないようです。
ちょっと長くなりました。次回(第5回)からはロング地上子・直下地上子・消去用地上子、それぞれの役割を見てみることにします。