久しぶりにATS-PTの話題です。ご存知の方も多いと思いますが、373系電車に、ATS-P車上装置がATS-PTに載せ替えられた編成が現れています。この動きを受けて、373系の東京乗り入れはなくなるのでは?といった憶測も飛んでいます。その真偽はさておいて、ここでは373系にATS-PT車上装置を搭載する機構的な意味について考えてみます。
373系電車と言えば、身延線の「特急ふじかわ」(現在運行休止中)や飯田線の「特急伊那路」などローカル線特急として使われる一方、「ムーンライトながら」や「特急東海」などJR東日本に乗り入れて東京まで行く車両としての位置づけも持ちます。「ながら」や「東海」の運用はすでにありませんが、東京乗り入れの運用は現在も残っています。
このような東京乗り入れのため、ATS-PT導入前から373系にはJR東日本仕様のATS-Pが搭載されていました。東海のPT形と東日本のP形には互換性がありますので、東海がPT形を導入してた後もP形車上装置は問題なく使われると思ったのですが、ここへきて373系はPT形車上装置に換装しました。
「なぜ、こんなことを?」と思った方も多いようです。その背景には、東日本のP形がフルスペックであるのに対し、PT形はP形の機能を一部省いた廉価版である、との位置付けが広く知られているためでしょう。とくに、車上装置の動作に関して、東日本のP形はパターンに当たっても常用ブレーキ・自動緩解、対するPT形はパターン即非常ブレーキです。「なぜグレードを下げるのか?」との疑問がわいても不思議ではありません。
この換装に関して、私も疑問に思っていたのですが、ふとあることを思い出しました。以前、このブログのコメント欄で話題になったことがあるのですが、PT形換装前の373系運転席にこんなステッカーが貼ってあったのです。
飯田線・身延線 ATS切換連動 短絡・開放位置確認ATS切換連動とは、ATS-P形による防護を行っている箇所では、ATS-S形を停止する機能です。P形とS形を同時に使わないようにするもので、東日本のP形や東海のPT形はこの機能を使うのが基本です。
その一方でJR西日本では、P形とS形を併用する拠点P形方式があります。この区間を走行する場合は、切換連動スイッチを開放(または短絡)にして、切換連動機能を停止します(詳細はATS-PT講座第7回を参照)。
つまり、このステッカーの意味するところは、飯田線・身延線では、P形とST形を併用しなさいという意味なんですね。
なお、飯田線を走る313系(PT搭載車)には、こんなステッカーは貼られていませんでした。ということは、
こんなことが推測できます。
東海のATS-PT形と東日本のATS-P形。373系搭載の車上装置に関して、下表に違いを列挙してみましたのでご覧ください。東日本のP形が上位互換のように見えて、PT形独自の機能があったり、古いP形システムにはなかったり、ともに対応はしていても完全一致でないものもあります。
機能 | ATS-P | ATS-PT |
---|---|---|
パターン超過時のブレーキ | 常用・自動緩解 | 非常・即時停止 |
車上→地上 電文伝送 | あり | オプション |
無閉塞運転 防護機能 | なし | あり |
線区最高速度 制限機能 | なし* | あり |
曲線制限時の車両グループ分け | ? | あり |
* 最新のものにはあり。
表のうち、上の二つは東日本P形が上位互換を持っています。車上→地上の情報伝送は、列車・車両の種類によって信号の現示を変えたり(現示アップ機能)、列車種別によって踏切を閉めるタイミングを変えたり(定時間踏切制御)などが目的です。PTの車上装置はオプション扱いです。
一方、PT形独自の機能もあります。まずは、無閉塞運転時の防護機能。無閉塞運転とは、閉塞信号機が停止現示(赤)を示していて、現示が変わらないとき、一定時間経過後に徐行して列車を進めることです。JR東日本は無閉塞運転を禁止していますので、P形にも機能はありません。一方、JR東海は条件付きながら認めていますので、PT形に無閉塞運転の速度制限(15km/h)機能を盛り込んでいます。
もう一つの機能として、線区最高速度があります。PT形車上装置は、車両の最高速度を常に監視しています。省令改正の関係で最近はこの機能を盛り込むことが標準になっているようですが、もともとのP形にはなかった機能なんですね。したがって、373系搭載の古いP形車上装置には組み込まれていないものと思われます。この機能がない車上装置は、場合によっては危険側に作用します。というのも、最高速度を監視しておけば、比較的速度の高い曲線制限地上子を省略できるからなんですね。たとえば、中央線の曲線制限地上子を見ますと、80km/h程度の制限地上子は見かけるものの、95km/hぐらいの曲線制限地上子は見あたりません。最高速度を監視しておけば、ある速度以上の地上子は設置基準(転覆限界0.9以下)から外れるのでしょう。
そして、速度制限のグループ分けです。たとえば、曲線制限一つを取っても、貨物列車と旅客列車では制限速度が違います。旅客列車でも普通列車と特急列車では、しばしば異なる制限速度になります。そこで、ATS-PT形では、車種によって異なる制限速度が与えられるようになっています。車種を5つのグループに分け、地上子は5種類の制限速度を送り、車上装置はあらかじめセットされたグループの速度を選んで制限パターンを作ります。この機能、東日本のP形には当初なかったようで、後に追加となったものの、PT形とは車種のグループ分けが異なっている可能性があります。
さて、これらの違いをふまえて、飯田線・身延線でST形を併用しなくてはならない東日本仕様のP形の問題とは何かを考えてみます。
まず、無閉塞運転機能。これは関係ないでしょう。無閉塞運転は東海道線でも行えます。むしろ飯田線・身延線は、閉塞信号のない自動閉塞式(特殊)の区間が多いので、そもそも無閉塞運転ができない(閉塞信号機がない)箇所が多いんですね。
となると、可能性が高いのはやはり線区最高速度でしょうか。飯田線・身延線に共通しているのは、最高速度が85km/hと比較的低いこと。線区最高速度の監視ができない仕様のP形では、ある種の速度制限に高い速度で突っ込んでしまう可能性がある、といったところでしょうか。
また、制限速度のグループ分けですが、こちらはよくわかりません。篠ノ井線で「しなの」が乗り入れを行っていることから、ある程度のグループ分けは一致しているものと思います。
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