ATS-PT講座の9回目です。前回も含め、ここのところ車上装置について解説を続けており、今回も車上子についてお送りする予定でした。ところが、ATS-PTの取り扱いに変化の兆しがあったことから、PTの問題がどこにあるのか、その解決策はどのように実施されるのかについて、お話ししたいと思います。今回はその前段として、問題点の整理です。
JR東日本・西日本で採用されている通常のATS-Pは、速度照査パターンに当たると、自動的に常用ブレーキが動作し速度を落としてくれます。所定の速度まで落ちると自動的にブレーキは緩解し、運転を続行することができます。パターンにあたってブレーキがかかることは、日常的とも言えるでしょう。
一方、ATS-PTはパターンに当たると、即座に非常ブレーキが作動して、列車を停めてしまいます。非常ブレーキで列車が止まる、被害こそありませんが、一種の事故扱いです。場合によっては、ニュースになってしまうこともあります。したがって、パターンに当たることは避けなくてはなりません。
さて、ATS-Pはパターンに当たる前に、警報音と警告灯でパターン接近を知らせます。ブレーキが作動する5秒前にパターン接近警報を発して、運転士に知らせる仕組みです(下図)。JR東日本ではパターン接近が鳴っても、運転士は割りと平気な顔をしていますが、JR東海では放置すれば非常ブレーキですから、慌ててブレーキをかける姿が見られます(苦笑)。結局のところ、運転取り扱いには
扱うパターンに差が出てくるわけですね。
とはいえ、パターン接近警報は滅多に見ることもありません。たとえば、上の図は停止信号でのパターンと実際の運転曲線を示したものです。ATS-Pのパターンは信号機の10m手前で停まるように設定されていますが、実際の運転取り扱いは信号機の50m手前で停止ですから、十分に余裕があります。
赤信号で進めないのに、ギリギリまでブレーキを遅らせる運転士もいませんので、そう簡単にパターン接近が点灯することはありません。非常ブレーキしかないから、運転が即シビアだとは言えないようです。
この講座の第6回で、停止信号が途中で上位(注意・進行)に変化した場合、消去用地上子が車上に残ったパターンを消去(更新)してくれることを説明しました。ATS-Pはパターンを車上に記憶しますので、信号が変わっただけではパターンは消去されませんが、途中の地上子を通過すれば、車上のパターンが更新されて、加速を可能にしたり、不要な減速から開放される仕組みです(下図)。
実は、「通常のATS-P」と「非常ブレーキしかないATS-PT」で、取り扱いに大きく差が生じるのは、こんなふうに停止現示が上位変化したときなんですね。
下の図は、実際のブレーキパターンを想定したものです。信号機から10m手前のポイントを0km/hとして、ブレーキパターン(赤の線)はおおむね2.7km/h/sを想定し、1秒間の空走距離を加えたもの。パターン接近(青の線)は、5秒の空走距離を考慮したラインとしています。直下地上子は信号機から30m手前に、消去用地上子は信号機の手前85mおよび210mにあるとして、交点の速度を計算してみました。なお、JR東日本など通常のATS-Pでは210mではなく180m手前に設置しているので、その点の速度も求めています。
さて、下のグラフを見ながら、実際の運転の違いを考えてみましょう。停止信号を示した区間に列車が近づいてきました。その後、途中で信号が注意に上位変化したとします。地上子を通過すればパターンが更新されるといった状況です。
まず、JR東日本など通常のATS-Pの場合です。注意に変わったわけですから、列車は55km/hを保って信号機に近づいてきます。青い線と交差したところで、パターン接近警報が鳴りますが、信号が変わっていますから、そのまま進むと図のT-180を通過した時点でパターンは更新されます。ちょうどブレーキパターンが55km/hなので、一瞬ATSブレーキはかかるかもしれませんが、すぐに緩みます。T-180を通過してから信号が上位変化した場合でも、ATSブレーキで35km/hまで速度が落ちた時点でT-85を通過し、ブレーキは自動的に緩みます。
一方、ATS-PTは、そんな簡単なわけにはいきません。同様に信号が注意に上位変化し、55km/hで近づいていくと、210m手前の消去用地上子を通過する前に、パターン接近警報が鳴ります。
「うわ!鳴った!」
と運転士はブレーキをかけます。すぐに210mの消去用地上子を通過して、パターンは更新されるのですが、あいにくATS-PTにはパターンの更新を運転士に伝える仕組がないのです。音も鳴りませんし、表示もありません。その結果、必要以上に速度を落としてしまったり、マスコンを投入して落とした速度を再び上げる操作にためらってしまうわけですね。
210mの地上子を超えて信号が注意に変わった場合は、もっと悲惨です^^; 次の消去用地上子は85m手前。25km/h程度で通過すれば、パターン接近を鳴らさずに通過できますが、それ以上の速度ではパターン接近が鳴って結局速度を落とすことになります。85mの地上子は場所によってあったりなかったりですから、運転士もパターン更新に確証が持てず、10km/hまで落として場内信号を通過するというケースが少なくありません。こうなるとATS-PTがなかった時代に比べ、1分ぐらいは遅延してしまうでしょう。
何かに付け、非常ブレーキしかないことが問題視されるATS-PTですが、つまるところの問題点は、
この2点に集約されるでしょう。
ところでATS-PT以外にも、非常ブレーキしかないATS-P車上装置はあります。たとえば、JR貨物の機関車に装備されるATS-PFや、番外編で紹介したATS-Psなどです。しかし、この二つの車上装置は速度パターン表示器を装備していて、パターンの更新を知ることができ、二つめの問題がクリアされているんですね。
右の写真(ウィキペディアより)がATS-Psに搭載の速度モニタです。3種類の状況を示していますが、左側の緑のLEDが実車の速度を示し、右側の黄色のLEDが速度パターンを示しています。これがあれば、どの程度パターンに近づいているのかがわかりますし、黄色のLEDが跳ね上がればパターン更新だとわかります。これがATS-PTにもあれば話は簡単なんですけどね^^;
次回(第10回)のATS-PT講座は、さらなる問題である「場内信号で停止した場合のトロくさい運転取り扱い(笑)」と、最近実施された改善案について紹介します。
先日書きました『ATS-PT講座(8) -A線・B線方向切換-』にコメントをいただきました。
東海道線⇔飯田線⇔中央西線もデルタを形成するのではないか?方向が変わって面倒なことにならないか?との疑問です。
たしかにちょっとややこしいところではありますので、図を描いて説明します。結論としては、デルタにはならないんですね。
註記:JR東日本のATS-P地上設備は、A線・B線の方向設定をしていないようです。上の図は、方向設定したJR東海の車両が、どっち向きで走るかを示しているものと考えてください。
塩尻付近は線路改良が行なわれたため、ちょっと複雑になっています。中央線は大八回りと呼ばれる辰野経由の旧線ルートほか、塩嶺トンネルによって岡谷~塩尻をショートカットした新線ルートが作られました。この付近の拡大図も付けてみましたが、どちらのルートを通っても、方向が変わることはないようです。
また塩尻駅構内は、中央東線⇔中央西線・篠ノ井線が直通だった配線が、篠ノ井線⇔中央東線・西線に変更された経緯があります。以前のままなら方向が変わったのですが、現在の中央西線⇔篠ノ井線直通ルートでは変わりません
もっとも、塩尻駅には貨物用に東線⇔西線の短絡線が残っていますので、この部分で小さいデルタがあると言えばあります。しかし、大きな問題になることはないでしょうね。
ATS-PT講座、今回は番外編です。JR西日本宝塚線事故を契機に、JR各社では新型ATSの導入を進めていますが、輸送量や導入コストに応じていろんなタイプがあります。今回はその違いや特徴などを見ていくことにします。
まずは、本家・本元・フルスペックのATS-Pです。
トランスポンダによる車両⇔地上間の通信、およびパターン速度照査を特徴とするこの方式は、国鉄時代にH-ATSとして開発され、京葉線を皮切りに以下の路線に導入されています。
このように、運転本数が多く列車密度が高い路線、または高速運転を前提に作られた高規格路線に導入されています。高機能なATSは導入コストも高いので、投入路線は限定的なものでした。
また、2005年にJR宝塚線事故が発生すると、ATSに対する国の基準が見直されます。従来のATS-S形やその改良型であるST形では、この基準をクリアするのが難しくなってきました。そこで、パターン速度照査のできるATSを導入する機運が高まりを見せます。
とは言うものの、ATS-Pは導入コストの高いシステムです。なんとかコストダウンをする方法はないものか。ということで、まずは本家・本元のATS-Pの機能と特徴を見てみましょう。
No. | 機能と特徴 |
---|---|
1 | パターンによる連続速度照査ができること |
2 | すべての主信号機に対して、パターン速度照査を行うこと |
3 | トランスポンダによるデジタル通信を行うこと |
4 | 車上から地上への伝送も行なうこと |
5 | 速度照査情報はすべて地上からの電文によること |
このうち、どうしても必要なのはパターンによる連続速度照査だけです。それ以外の機能のうち、あまり重要でないものは省くことで、コストダウンを図った新型ATSが開発され、各社に導入されていくことになります。
コストダウンを図ったパターン速度照査対応ATSについて、以下の表にまとめてみました。JR東日本は本家・本元ATS-Pのほか、輸送量に応じてATS-PNやATS-Psも用意され、計3種類のパターン速度照査ATSを使い分けています。
種別 | 導入会社 | 伝送方式 | コストダウンの ポイント |
互換性 | |
---|---|---|---|---|---|
P形 | S形 | ||||
ATS-PN | JR東日本 | デジタル (トランスポンダ) |
無電源地上子 | あり | なし |
ATS-PT | JR東海 | ||||
拠点P | JR西日本 | S(Sw)形併用 | |||
ATS-Ps | JR東日本 | 変周式 | S形地上子 | なし | あり |
ATS-DN | JR北海道 | 変周式 +デジタル |
車上データベース | ||
ATS-DK | JR九州 |
このうち、上の3つ(ATS-PN・ATS-PT・拠点P)については、フルスペックATS-P形の機能をいくつか省略してコストダウンした方式。一方、下の3つ(ATS-Ps・ATS-DN・ATS-DK)は、ATS-S形に機能を付加してパターン速度照査を可能とした方法と言えます。このため、前者はP形と互換性があり、後者はS形と互換性を持っています。
いずれの方法も、地上設備の設置コストを下げていることは共通しています。
フルスペックのATS-Pは、エンコーダ方式の地上子を基本とし、地上子が送る電文はすべてエンコーダ(符号処理器)が作成しています。エンコーダは、連動装置や信号システム、さらに別のエンコーダとも通信しており、複雑なネットワークを組んでいます。このため、進路条件に応じた複雑な処理が可能で、車上から列車の情報を受けて信号の現示を変えることも可能です。その代わり、このシステム構築に多大なコストを要します。
一方、無電源地上子はエンコーダを必要としないのが特徴。信号機の現示条件に合わせて、あらかじめセットされた最大5種類の電文を切替えるだけの単純な構造です。従属する信号機と通信ケーブルでつながっているだけの、いわば家庭内LANのようなシステム。電源も車上子から無線で供給されるので、電源ケーブルも必要なく、設置コストを安くすることができます。
ただし、無電源地上子は進路があまり複雑な駅などには対応できませんし、車上から地上への通信も不可能です。このため、必要に応じてエンコーダ式の地上子も併用することになります。それでも大半の地上子は無電源方式とできるので、全体のコストを大幅に下げることができます。
このブログではもっぱら無電源地上子のPT紹介していますので、ここを読んでくれている人にとっては、無電源地上子の方がなじみ深いかもしれません。詳細は当ブログのATS-PT講座(とくに第5回がおすすめ)をご覧ください。
JR西日本の東海道線・山陽線などで導入されているP形とS形の併用方式です。場内信号機・出発信号機はフルスペックのATS-Pを設置し、閉塞信号機は一部を除いて従来のATS-Sw形を使用する方法です。駅付近にしかP形地上設備を導入しないので、駅間距離の長い路線では、コストを下げることができます。
ATS-Pと言えば、停止位置までの距離や勾配情報をデジタル電文によって、列車に送る方式ですが、このATS-Psはデジタル電文を使いません。使うのは旧来のS形(SN形)地上子のみです。S形地上子は、変周式という方法で車上へ情報を送ります。地上子にはコイルがあり、特定の周波数でコイルを発信させています。これを車上子が検知して列車は情報を得ますが、検知できるのは周波数だけ。複雑な情報は送れません。
そこでATS-Psでは、地上子を複数並べて、その距離を調整すること情報を送ります。つまり、周波数が情報の種別を示し、次の地上子までの距離が具体的な情報量となります。この方法によって、下り勾配の情報や制限速度を車上に渡し、パターン速度照査を行なうことができます。
この方法の優れているところは、旧来のS形(SN形)に地上子を付け加えて設置できるため、コストが安い点。また、Ps形の車上装置を持っていない他社の車両でも、従来の車上タイマー方式ATS(たとえばJR東海のST形・JR貨物のSF形)を持つ車両であれば、パターン速度照査こそできないものの、旧来の点速度照査が可能である点です。地上子の設置方法に制限も多いので、あまり複雑なことはできないようですが、コストパフォーマンスに優れます。
JR東日本で、ATS-PN導入路線よりさらに運転本数の少ない地域に導入されています。現在のところ拠点設置(閉塞信号機には設置しない)が原則のようです。
ATS-Pは、信号機までの距離や速度制限などの情報を、地上子により送るのが基本です。このため、延長の長い路線に導入すると、どうしても地上設備コストがかさみます。そこで、信号機の位置や速度制限の情報を、あらかじめ車両に記憶しておけば、たくさん地上子を設けなくてもよくなります。これが車上データベース方式で、鉄道総研がATS-Xとして開発したものがベースになっています。
信号機の現示情報は変化しますから、地上子もある程度は設置します。地上子はPs形と同様にS形地上子を用いますが、改良を加えて変周式のほかデジタル電文も送れるように改良してあります。信号防護に関しては、JR九州のATS-DKが地上子のデジタル電文主体、JR北海道のATS-DNが車上データベースを主体という違いがありますが、曲線部の速度制限などは双方ともに車上データベースを主としているようです。詳しくは以下を。
先日所用で新城に行き、飯田線を利用したのですが、119系はまだPT使用車がない模様で、PT取り付け工事が完了している車両も含め、使用停止の状態でした。飯田線は今年2月には豊川~小坂井間のPT設置工事を完了していたのですが、373系・313系のわずかな運用列車のみがPT使用のようです。まだ使用開始区間が短く、PT非対応車両も多いためでしょうか。
さて、閑話休題。ATS-PT講座は前回は車上装置に話題を移し、ATS-PT車上装置の基本構造、操作盤のスイッチ(下図)について触れました。今回はその続き、方向切換・A線・B線について取り上げます。
A線・B線と聞いて、東京の地下鉄などで上り・下りの代わりに使われる呼び方を連想される方も多いでしょうが、それはちょっと忘れてください^^;
本講座の第3回地上子の基礎知識で説明しましたが、ATS-P形の地上子は、線路のど真ん中に置いてあります。旧来のS形では、車上子・地上子ともに進行方向左側にオフセットしてあり、進行方向によって使い分けていましたが、P形は進行方向にかかわらず情報を送ることが可能です。
これは、一つの地上子で複数の機能を持たせられるメリットがある一方で、PT形のように無電源地上子を多用する方法の場合面倒なことにもなります。以下の図は、ATS-PT地上子を単線区間に設置した場合の図です。ここへ図の左側から右側へ向け「上り列車」がやってきました。
上りの信号機は進行(青)を現示しており、上り用地上子からも列車の運転を妨げる電文は送信していません。しかし、上りの信号機が進行であるということは、下りの信号は停止(赤)を出していることになります。
本講座第5回で説明したように、PT形に多く用いられる無電源地上子(電文可変タイプ)は、信号の現示に合わせた電文切換しかできません。したがって、下りの信号機につながっている直下地上子は、停止現示に合わせて即時停止電文を送信することになり、これを上り列車が受信すると非常ブレーキがかかってしまうんですね。
これは単線区間ばかりでなく、複線区間でも駅構内など上下両方向の列車が進入する線路があれば問題となります。このため、上り列車は下り列車用の地上子から電文を受信しないよう識別が必要になるわけです。これがA線・B線の方向設定です(下図)。
地上子からの電文には、地上子ごとにA線・B線の固有情報が含まれています。上図のように、車上装置の方向切換をB線に設定しておくと、B線の地上子情報のみを受取り、A線の地上子は無視します。これで情報が錯綜することはなくなります。
では、実際の車上装置でA線・B線がどう設定してあるかを見てみましょう。
路線 | A線 | B線 |
---|---|---|
東海道線 | 熱海方 | 米原方 |
中央線 | 塩尻方 | 名古屋方 |
関西線 | 亀山方 | 名古屋方 |
高山線 太多線 |
富山方 多治見方 |
岐阜方 |
飯田線 | 豊橋方 | 辰野方 |
上り列車をB線で運転したとすると、下り列車はA線で運転することになります。折返すたびに方向設定をしなければならないような気がしますが、実際はそんな操作は必要ありません。
というのも、上り列車で使う運転席と、下り列車で使う運転席は、もともと別だからです。上の図は213系の例ですが、左側のクモハはA線で固定、右側のクハはB線で固定しておけば問題ありません。実際に操作盤の方向切換も、運転席ごとに方向が決まっていて、ピンを刺してレバーが変わらないようにしてあります。
さて、各路線のA線・B線設定を右の表に示します。上り・下りで決めてあるのではなく、別の路線に入っても、方向が変わらないように決めてあります。名古屋駅で言えば金山・八田側がA線で、東海道線は上りがA線、中央・関西線は下りがA線となります。
JR東海(ATS-PT)の方向設定はここまで書いたとおりなのですが、どの会社もA線・B線で切替えているかと言えば、そうではありません。たとえば、JR東日本のATS-Pは、車上装置をすべてA線固定を基本にしてあるようです。
というのも、首都圏のJR東日本の路線は、あちこちにデルタ線(右図)があります。品川・大崎付近や、西船橋から京葉線へ向かうときなど、デルタ線は走り方によって車両の向きを変えてしまいます。このため、A線・B線に頼った識別はしていません。
首都圏のATS-Pは、エンコーダ方式の地上子を採用しています。ATS-PTに見られる無電源地上子とは異なり、連動装置とエンコーダによって複雑な条件に対応できるので、進路条件により特定の地上子を休止させることもできます。つまり、方向設定がなくても問題ないんですね。というわけで、JR東海に直通する列車だけ方向設定をしておけばよい、ということになります。東日本管内では、地上子はA線B線共通情報を送信しており、車上装置はA線・B線どちらにしておいても問題ないようです。
ただ、JR東日本でよくわからないのが、ATS-PNを採用している路線です。ATS-PN形はATS-PTの元となった方法で、無電源地上子を多用する方式です。中央東線や房総各線で使用されていますが、どんな方法で方向問題を解決しているのか、興味深いところです。
JR東日本とは異なり、JR東海にはデルタ線はありません。しかし、乗り入れ先である伊勢鉄道線を考えると、東海エリアにもデルタ線は存在します。四日市・亀山・津を頂点として、関西線・紀勢線・伊勢鉄道線で三角形を構成してしまうんですね(右図)。
では、A線・B線をどの路線を主体に決めるかですが、伊勢鉄道直通ルートを主として決めているようです。四日市から伊勢鉄道で津方面へ直通する列車の運用を考えてのことでしょう。
亀山では関西線と紀勢線でA線・B線が逆転してしまいますが、幸いなことに亀山で両線を直通する列車は現在設定されていません。亀山駅構内のみを、エンコーダによる地上子制御をすることによって、この問題はクリアできるものと思われます。
デルタ線の形成について、コメントで疑問をいただきましたので、東海道線⇔飯田線⇔中央西線はデルタ線になるか? をアップしました
次回は車上子について解説する予定です。
ATS-PT講座第7回目です。前回まで地上子についての解説が続きましたが、今回からは車上装置に話題を移します。
まずATS-PT車上装置のシステム構成を、表に示します。
名称 | 機能 | 設置位置 |
---|---|---|
ATS-PT 車上装置 |
ATS-PT車上装置システムの中枢 情報の入出力・パターンの作成・パターンと速度の監視 パターン超過時のブレーキ指令 |
車両床下 または床置 |
ATS-PT 車上子 |
・地上からのデジタル電文を受信 ・無電源地上子へ電力供給(搬送波) |
床下 |
速度発電機 | 車両の速度・距離を検出し、車上装置へ送る | 台車軸受 |
操作盤 | 車上装置の操作を行うためのスイッチやレバー | 運転室 |
表示灯 | ATS-PTの状態を表示 | 運転台 |
警報 | 運転士への注意喚起 | (スピーカー) |
列車番号 設定器 |
(車上→地上の送信を行う場合にのみ設置) | 運転室 |
基本構成は他社のATS-Pとそれほど変わりません。PTで特有なのは、パターンを超過した場合のブレーキ指令が非常ブレーキしかない点でしょう。他社のATS-P車上装置は、パターンを超過すると常用ブレーキを作動させ、所定の速度まで低下すると、ブレーキが自動的に緩んで運転を継続できます。しかし、ATS-PT形ではいきなり非常ブレーキが作動し、停止するまでブレーキは緩められません。ここは賛否の分かれるところですが、実際の運転でPT形のブレーキが作動したという話はまだ聞いたことがありませんし、それどころか「パターン接近」が点灯することもほとんどなく、それほど問題ではないのかもしれません。
ATS-PT形でもうひとつ特徴的なのは、「車上→地上」の情報伝送がオプション扱いであることです。他社のATS-Pでは、車上から地上への情報伝送も標準的に行なわれており、車両の性能に応じて信号の現示を変えるなんてことも行なわれています。しかし、PT形は無電源地上子を多用している方式のため、地上→車上の一方通行が基本となっています。
ただし、ATS-PTも車上→地上の伝送がないわけではなく、踏切警報定時間制御に応用されているものと考えられます。これは、駅に近い踏切などで「あかずの踏切」を避けるため、列車から地上に列車番号を送り、駅に停車するか通過するかによって、遮断機を下ろすタイミングを変えるものです。JR東海では東海道線でこのシステムを導入しており、ATS-ST形によって列車番号の車上→地上送信を行なっていました。ATS-PT導入にともなって、ST形車上装置は機能を停止していますので、列車番号の送信はPT形車上子から行なわれていると考えられます。
このためでしょうか。東海道線を走る大垣車両区・静岡車両区の313系電車には列車番号設定器が運転席頭上に搭載されていますが、神領車両区の313系にはありません。神領区の車両が、東海道線を走る運用がほとんど設定されていないのは、これが理由かもしれませんね。
確認操作が必要なATS-S形と異なり、ATS-P形は運転中の操作をとくに必要としません。したがって、操作盤自体も運転席から離れています。下の図は211系や311系に搭載されるPTの操作盤ですが、これも助手側に設置されており、乗務の最初に状態をスイッチの状態を確認するだけです。
ATS-Pの機能を停止するスイッチもあることから、あえて離れた位置に設置して、運転中に操作できない方がむしろ安全、との配慮もあるのでしょう。
さて操作盤には、NFB(ブレーカー)タイプのスイッチが3つ、切換レバーが2つ、押しボタンが1つ並んでいます。
NFBスイッチのうち、ATS-P主電源と記録器のスイッチは、誤って切ってしまわないように、透明なカバーが掛けられています。
また、ATS-P開放のレバーは開放位置にすると、操作盤自体の蓋が閉まらないようになっています。レバーの位置を確認しなくても、蓋が閉まり切らないことで、すぐに開放状態(異常)であることに気づくというわけです。ATS-PTの本格使用の前には、多数の車両が開放状態で走っていましたので、半開きになった操作盤に気づいた方も多いと思います。
形状 | 名称 | 機能 | 備考 |
---|---|---|---|
スイッチ (NFB) |
ATS-P | ATS-P主電源 常時ON |
透明カバー付 |
ATS 切換連動 |
JR東海エリアは定位 (ATS-P区間ではST形の機能を自動停止) |
JR西日本(拠点P) 区間で開放 |
|
ATS-P 記録器 |
ATS-P記録器電源 常時ON |
透明カバー付 | |
レバー | 方向切換 | 運転方向の切換 A線⇔B線 |
運転台ごとに固定 |
ATS-P開放 | ATS-PTの機能を開放する | 開放位置では 蓋が閉まらない |
|
ボタン | ATS-P ブレーキ開放 |
ATS-PTのブレーキを1分間停止 |
操作盤のスイッチ類の機能は上の表のとおりですが、説明が必要と思われるスイッチ・レバーに関して、解説を加えます。
ATS切換連動とは、P形の機能オン・オフに連動して、S形の機能を停止や再開が自動的に行なわれることを指します。以前の記事で詳しく述べていますが、ATS-PT形では、
このように、P形が機能するとS形は機能停止、P形が機能停止するとS形は機能を再開し、ATS-PT形は同時に二つのATSが機能しないようになっています。これがATS-切換連動の機能で、JR東日本のATS-Pでも同様に動作します。
しかし、JR西日本のATS-Pはちょっと違い、いわゆる拠点P方式を採用している路線があります。拠点P方式では、出発信号機・場内信号機はP形を設置しているものの、閉塞信号機は一部を除いてP形地上子を設置せず、S形(SW形)で信号防護を行ないます。つまり、P形とS形を併用するため、P区間でもS形の機能が停止しないようにしておく必要があります。
このため、拠点P区間に乗り入れる際に必要となるのが、切換連動の開放スイッチです。JR東海エリアは定位(開放せず)にしておき、JR西日本の拠点Pエリア(米原から西の東海道線など)では、切換連動スイッチを開放にして、P形とS形を併用するモードに切替えます。拠点P区間に乗り入れる大阪発着の「しなの」や「ひだ」は、米原でこのスイッチを操作しているものと思います。
例によって長くなってしまいました。次回も車上装置について、A線B線方向切換について解説します。