先日の記事(ATS-PTこの1年の動き・ST形地上子の撤去始まる)でお伝えしたとおり、ATS-PTの整備を昨年度末に完了したJR東海は、旧来のATS-ST形地上子の撤去を進めています。前回の記事からまだ2週間ですが、名古屋近郊ではすっかりST形の地上子が撤去され、あえて残してあると思われる出発信号機の直下地上子以外は、JR東海でST形の地上子を見かけることはなくなりました。
一方、名古屋駅と金城ふ頭を結ぶ第三セクター路線あおなみ線もATS-PTを導入しており、旧来のST形地上子の撤去を始めています。ここで気になるのが、例の河村たかし名古屋市長が提案した『あおなみ線にSLを走らせよう』という構想です。SLはJR西日本所有のC56 160号機を使う予定ですが、保安装置としてATS-Pは積んでいません。さて、いったいどうするのかと思っていたのですが、どうやら運行は可能なようです。順を追って説明しましょう。
あおなみ線は、東海道線の貨物支線として開業した西名古屋港線を、地元自治体・企業の出資による第三セクターで旅客化した路線。延長は名古屋~金城ふ頭間の15.2kmです。
旅客輸送のほか、JR貨物の名古屋貨物ターミナル駅が設置されているのが特徴。もともとの計画では名古屋貨物ターミナルから東へ伸ばし、東海道線の貨物線を分離する南方貨物線として整備される予定でしたが、完成済みの高架橋の耐震補強工事にJR東海が難色を示し、計画は中止となった経緯があります。
さて、あおなみ線の旅客輸送は需要予測を大きく下回り、苦しい経営が続いています。需要予測が甘かったことに加え、名古屋駅の立地が悪く利用しづらいのも影響しているのでしょう。そこで、出資者である名古屋市は需要増を狙って、SL列車を走らせる構想を立ち上げました。
この構想はなんとか具体化し、来年(2013年)2月に試験運行をすることになりました。試験運行ではありますが、一般からの試乗も受け付けています。その運行経路が図の赤い線です。
あおなみ線全線を走るわけではなく、名古屋駅~名古屋貨物ターミナル駅(5.1km)の折り返し運転となります。また、名古屋貨物ターミナルには転車台がないので、貨物ターミナル方にSL、名古屋方にディーゼル機関車を配置したプッシュ・プルのような編成にするとのことです。詳しくは以下をご覧ください。
さて、ここで問題になってくるのが保安装置です。冒頭に書きましたが、あおなみ線はATS-PTを導入し、ST形地上子を次々と撤去しています。ATS-Pを積んでいないC56 160は、走行できるのでしょうか。
その答が以下の動画にありました。最近Youtubeにアップされた金城ふ頭から名古屋駅までの前面展望動画です。
これを見ますと、金城ふ頭駅から荒子駅(動画タイム17:30)までは、地上子はPT形とTASC(定位置停止装置・PT形地上子より一回り小さい)ばかりで、ST形の地上子は見あたりません。しかし、荒子駅を過ぎ名古屋貨物ターミナルからの線路が合流すると(同18:40)、名古屋駅までST形の地上子が残っていることがわかります。
列車の運行自体は貨物も含めP形を使っているようですが、SL運行区間ではST形地上設備を残してあるようですね。
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JR東海が導入を進めていた速度パターン照査方式の自動列車停止装置ATS-PTについて、この1年(2012年)の動きを追ってみました。
今年2月に全線(バス代行区間を除く)での工事を完了し、JR東海のATSはすべてP形に切り換えられました。その後、9月頃には米原付近のS形混在区間も解消した模様で、11月に入ると旧来のST形地上子の撤去も本格化しているようです。
では、順に解説していきます。
JR東海は今年の2月、下の図に示すように、すべての路線をATS-PTに切り換えました。図には示してありませんが、あおなみ線も現在はATS-PTが導入されています。
名松線もバス代行区間である家城~伊勢奥津間は未施工ですが、運行中の松阪~家城間はATS-PTとなり、家城駅構内にはしっかりPT形の地上子が配置されています。この区間、いまだ非自動閉塞方式であり、信号機こそ色灯式になりましたが、票券閉塞式(タブレットを受け渡す)のままATS-P化された全国的にも希な区間です。
さてATS-PTは、S形を併用する拠点P形ではなく、すべてP形で防護する全線P形です(たまに、ATS-PTは拠点Pと書いているサイトがありますが、昔の憶測がそのまま残っているだけで誤りです)。S形を併用しないので、「じりりりーん!きんこんきんこん…」というけたたましいS形の警報音を、JR東海で聞くことはなくなりました。ただ、エンド交換時にはST形が立ち上がるので、そのときに試験鳴動がありますが、走り始めるとすぐにP形に切り替わるため、JR東海の路線で運転中にS形の警報音が鳴ることはありません。
しかしながら、他社との境界駅が他社管轄である場合は、ATSも相手先のシステムに依存します。図に境界駅が示してありますが、JR東海とJR他社の境界駅は、亀山駅を除き、すべて他社管轄です。このため、境界を越えた時点で、S形に切り替わることがあります。
路線 | 境界駅 | 管轄会社 | ATS方式 |
---|---|---|---|
東海道線 | 熱海 | JR東日本 | P形 |
米原 | JR西日本 | P形 | |
中央線 | 塩尻 | JR東日本 | P形 |
関西線 | 亀山 | JR東海 | PT形 |
高山線 | 猪谷 | JR西日本 | Sw形 |
紀勢線 | 新宮 | JR西日本 | Sw形 |
飯田線 | 辰野 | JR東日本 | SN形 |
身延線 | 甲府 | JR東日本 | P形 |
御殿場線 | 国府津 | JR東日本 | P形 |
上の表に示すように、猪谷・新宮・辰野の各駅については、管轄会社がS形を使用しているため、駅到着前にS形に切り替わり、S形の警報音が鳴ることになります。
また、境界駅として唯一JR東海管轄の亀山駅はもちろんPT形なのですが、加茂方面からJR西日本の関西線列車はS形を使用しているようです。東海の車両はP形、西日本の車両はSw形を使うというわけです。このほか、亀山駅はATS-PのA線・B線が混在しており、ちょっと複雑な保安形態となっています。
このほか、飯田線の豊橋~小坂井(平井信号場)間は名鉄との共用区間ですが、JRの列車のみATS-Pを使用し、名鉄の列車は従来どおりM式ATSを使用しています。
JR東海に乗り入れる第三セクターについてですが、伊勢鉄道・愛知環状鉄道ともに、基本はATS-ST形を使用しています。しかし、運用方法は各社で差があります。
伊勢鉄道は、四日市~河原田間および津駅構内に関して、JR東海に乗り入れる形を取っています。このため、伊勢鉄道の列車は、伊勢鉄道線内ではST形ですが、JR東海に乗り入れる区間はPT形に切り替わります。
一方、愛知環状鉄道もJR東海の高蔵寺・岡崎両駅に乗り入れるのですが、この線路が愛知環状鉄道専用となっているため、愛環の列車はST形しか使いません。ただし、愛環の車両も、検査をJR東海に委託しているため、検査回送等でJR東海線内を走ることがあり、PT形の車上装置を装備しています。
下の図は、東海道線全線でATS-PTの使用を開始した2011年2月末ごろの状況図です。JR西日本との境界である米原駅付近では、P形がいったんS形に切り替わり、しばらくしてまたP形に戻る変則的な運用がなされていました。
西日本の東海道線が拠点P形を採用しているためか、西日本と東海のシステムに不整合があったためか、詳細はわかりませんが、この状況が約1年半ほど続いていました。
ところが、今年の9月末頃から、S形に切り替わることがなくなったようで、米原駅発着のJR東海の列車はずっとP形のまま運行するようになりました。調べてみると、ちょうどこの時期、JR西日本が米原~長浜間にATS-P(拠点P形)を整備した模様で、これに合わせて東海道線のATS機器構成も見直したようですね。
さて、最新情報です。先週、ふと気付いたのですが、春日井から新守山にかけての中央線で、ATS-ST形の地上子がほとんど見あたらないのです。たしかにあったはずなんですが…。
ST形の地上子には主として、以下の3種類があります。
地上子 | 機能 |
---|---|
ロング地上子 | 次の信号機が停止現示のときに機能。運転席に警報を鳴らし、確認動作を要求。 |
直下地上子 | 信号機直下に設置。停止現示のときは即非常ブレーキを作動。 絶対信号機(出発・場内)や場内相当の閉塞信号機に設置。 |
速度照査地上子 | 2つの地上子間を通過する時間を計測し、速すぎると非常ブレーキ作動。 |
ST形地上子の設置数はP形に比べると少ないのですが、比較的多いのが速度照査地上子です。ST形の速度照査は、2点間の通過時間を計るという方式なので、ピンポイントの速度照査しかできません。ですから、パターン速度照査に近いことをやろうとすると、何組もの地上子を並べる必要があります。JR東海の場合、過去に出発信号機の冒進で何度が事故を起こしているので、とりわけ出発信号機付近にたくさんの速度照査地上子が並んでいました(下図)。
ATS-ST形の地上子配置(出発信号機・場内信号機) |
さらに今週に入ると、新守山や大曽根に大量にあった出発信号機付近の速度照査ST形地上子が、きれいになくなっています。その他のロング地上子や直下地上子も続々と撤去されています。ただし、出発信号機の直下地上子だけはあえて残しているようにも見えます。これだけは残しておくのかもしれません。
これまでも名古屋駅構内で、使わないST形の地上子にカバーをかけているのは見かけましたが、本格的な地上子の撤去は、私の知る限り初めてです。なお、ATS-ST形については、くりこうさんのページが詳しいです。
ATS-PT講座の第12回目。今回は最近行われた小改良についてお知らせします。
お気づきの方もあるかもしれませんが、今年に入って、場内信号機の手前などに、右に示すような標識が設置されたところがあります。実はこれ、ATS-PTの弱点を補うものなんですね。
さて、このブログでは、ATS-PTの構造上の弱点・問題点は、以下に集約されるとしてきました。
通常の運転ではさほど問題がないものの、信号が上位変化したとき(赤から黄色に変わったときなど)、この二つによって円滑な運転が妨げられることです。詳細は以下の記事で解説しています。
第9回では問題点の整理。第10回では、赤信号(停止現示)で停止したときの運転扱いにおける問題点と、一部の駅で実施された解決策について説明しました。
今回お知らせするのは、赤信号で停止する前に、信号が上位変化したときの改良についてです。
当講座の第5回・第6回で詳しく説明していますが、ATS-Pの信号防護用地上子には、ロング・直下・消去用の3種類があります。P型はパターンによる連続制御ですから、ロング地上子1個あればパターンの生成は問題ありません。
一方、下の図に示すように、信号が途中で上位変化(赤から黄色や青になる)したときは消去用地上子が効力を発揮します。この地上子が不要となったパターンを消去(更新)し、この働きによって、再加速を可能にしたり、無駄なパターンで減速を強いられることから解放されるわけですね。
ところが、ATS-PTでは問題が一つ生じます。それは、パターンの更新が運転士に伝えられないということです。音もなければ、表示もありません。せっかくパターンが更新されても、運転士に伝わらなければ意味がありません。結局、運転士はあるはずのないパターンに縛られることになります。
この状況がわかる動画がyoutubeに上がっていましたので、これで実際の走行風景を見てみましょう。この動画は、飯田線下り特急伊那路の前面展望。問題の箇所は15:00付近、新城駅に入っていくところです
動画時刻の15:03あたりで、注意現示の遠方信号機を通過します。遠方が注意ですから、場内は停止です。そして15:40ぐらいで消去用地上子を通過するのですが、このときすでに場内信号機は進行現示に変化しています。しかし、運転士はパターンの更新を知り得ずないはずのパターンを警戒して、場内信号機の手前50mでは10km/h以下で走行しているのが確認できます。消去用地上子通過(15:40)から場内信号機通過(16:55)までの210mを走るのに1分以上かかっています。
さきほどの図では、消去用地上子は信号機手前210m(TR-210)の一箇所ですが、列車密度の高いところでは円滑な運転を考慮して、85m手前・400m手前などにも増設されています。しかし、運転士がパターン更新を知り得なければ、宝の持ち腐れ。せっかくの地上子増設も意味をなさない状態が続いていました。
パターンの更新を運転士が知る方法として、車上装置が通知する以外に、地上子の通過を確認するという方法もあります。しかし、運転士も地上子ばかり気にして運転するわけにもいきませんし、何より地上子自体が見えにくいです。レールの間にあるので粉塵で汚れていますし、ライトで反射もしないので夜間の視認も困難です。
そこで、最近取られた方法が、消去用地上子位置に標識を設置するというものです。以下の図は、中央線下り春日井駅場内信号機に関する地上子配置で、ロング・直下のほか、消去用地上子が3箇所(TR-85/210/400)設けられています(このほか分岐器用地上子がありますが、ここでは省略しています)。
この図で目を引くのが、[ATS-P/TR]という標識です。この記事の冒頭に拡大図がありますが、これをTR-210地上子付近に新設しています。この標識を通過することで、運転士はパターン更新を明確に知ることができるというわけです。欲を言えば、TR-400地上子にもほしいところですが、とりあえずはこれで様子を見ようということでしょうか。
また、TR-85手前に右のような標識が追加されています。力行標とよく似ていますが、これは場内信号機で停止するときの停止目標です。通常の取り扱いでは、信号機の手前50mで停止することになっているのですが、信号機が上位変化して発車した後、すぐにパターンが更新されるよう、TR-85地上子の直前に停止位置を移したものです。以下の記事で詳しくお知らせしたものと同じです。
ただし、春日井駅に設置されたものは、やや見えにくかった枕木上の表示から、視認性の高い反射式の標識に変更されているのが特徴です。TRとも書かれており、地上子通過の標識も兼ねているようです。
久しぶりにATS-PTの話題です。ご存知の方も多いと思いますが、373系電車に、ATS-P車上装置がATS-PTに載せ替えられた編成が現れています。この動きを受けて、373系の東京乗り入れはなくなるのでは?といった憶測も飛んでいます。その真偽はさておいて、ここでは373系にATS-PT車上装置を搭載する機構的な意味について考えてみます。
373系電車と言えば、身延線の「特急ふじかわ」(現在運行休止中)や飯田線の「特急伊那路」などローカル線特急として使われる一方、「ムーンライトながら」や「特急東海」などJR東日本に乗り入れて東京まで行く車両としての位置づけも持ちます。「ながら」や「東海」の運用はすでにありませんが、東京乗り入れの運用は現在も残っています。
このような東京乗り入れのため、ATS-PT導入前から373系にはJR東日本仕様のATS-Pが搭載されていました。東海のPT形と東日本のP形には互換性がありますので、東海がPT形を導入してた後もP形車上装置は問題なく使われると思ったのですが、ここへきて373系はPT形車上装置に換装しました。
「なぜ、こんなことを?」と思った方も多いようです。その背景には、東日本のP形がフルスペックであるのに対し、PT形はP形の機能を一部省いた廉価版である、との位置付けが広く知られているためでしょう。とくに、車上装置の動作に関して、東日本のP形はパターンに当たっても常用ブレーキ・自動緩解、対するPT形はパターン即非常ブレーキです。「なぜグレードを下げるのか?」との疑問がわいても不思議ではありません。
この換装に関して、私も疑問に思っていたのですが、ふとあることを思い出しました。以前、このブログのコメント欄で話題になったことがあるのですが、PT形換装前の373系運転席にこんなステッカーが貼ってあったのです。
飯田線・身延線 ATS切換連動 短絡・開放位置確認ATS切換連動とは、ATS-P形による防護を行っている箇所では、ATS-S形を停止する機能です。P形とS形を同時に使わないようにするもので、東日本のP形や東海のPT形はこの機能を使うのが基本です。
その一方でJR西日本では、P形とS形を併用する拠点P形方式があります。この区間を走行する場合は、切換連動スイッチを開放(または短絡)にして、切換連動機能を停止します(詳細はATS-PT講座第7回を参照)。
つまり、このステッカーの意味するところは、飯田線・身延線では、P形とST形を併用しなさいという意味なんですね。
なお、飯田線を走る313系(PT搭載車)には、こんなステッカーは貼られていませんでした。ということは、
こんなことが推測できます。
東海のATS-PT形と東日本のATS-P形。373系搭載の車上装置に関して、下表に違いを列挙してみましたのでご覧ください。東日本のP形が上位互換のように見えて、PT形独自の機能があったり、古いP形システムにはなかったり、ともに対応はしていても完全一致でないものもあります。
機能 | ATS-P | ATS-PT |
---|---|---|
パターン超過時のブレーキ | 常用・自動緩解 | 非常・即時停止 |
車上→地上 電文伝送 | あり | オプション |
無閉塞運転 防護機能 | なし | あり |
線区最高速度 制限機能 | なし* | あり |
曲線制限時の車両グループ分け | ? | あり |
* 最新のものにはあり。
表のうち、上の二つは東日本P形が上位互換を持っています。車上→地上の情報伝送は、列車・車両の種類によって信号の現示を変えたり(現示アップ機能)、列車種別によって踏切を閉めるタイミングを変えたり(定時間踏切制御)などが目的です。PTの車上装置はオプション扱いです。
一方、PT形独自の機能もあります。まずは、無閉塞運転時の防護機能。無閉塞運転とは、閉塞信号機が停止現示(赤)を示していて、現示が変わらないとき、一定時間経過後に徐行して列車を進めることです。JR東日本は無閉塞運転を禁止していますので、P形にも機能はありません。一方、JR東海は条件付きながら認めていますので、PT形に無閉塞運転の速度制限(15km/h)機能を盛り込んでいます。
もう一つの機能として、線区最高速度があります。PT形車上装置は、車両の最高速度を常に監視しています。省令改正の関係で最近はこの機能を盛り込むことが標準になっているようですが、もともとのP形にはなかった機能なんですね。したがって、373系搭載の古いP形車上装置には組み込まれていないものと思われます。この機能がない車上装置は、場合によっては危険側に作用します。というのも、最高速度を監視しておけば、比較的速度の高い曲線制限地上子を省略できるからなんですね。たとえば、中央線の曲線制限地上子を見ますと、80km/h程度の制限地上子は見かけるものの、95km/hぐらいの曲線制限地上子は見あたりません。最高速度を監視しておけば、ある速度以上の地上子は設置基準(転覆限界0.9以下)から外れるのでしょう。
そして、速度制限のグループ分けです。たとえば、曲線制限一つを取っても、貨物列車と旅客列車では制限速度が違います。旅客列車でも普通列車と特急列車では、しばしば異なる制限速度になります。そこで、ATS-PT形では、車種によって異なる制限速度が与えられるようになっています。車種を5つのグループに分け、地上子は5種類の制限速度を送り、車上装置はあらかじめセットされたグループの速度を選んで制限パターンを作ります。この機能、東日本のP形には当初なかったようで、後に追加となったものの、PT形とは車種のグループ分けが異なっている可能性があります。
さて、これらの違いをふまえて、飯田線・身延線でST形を併用しなくてはならない東日本仕様のP形の問題とは何かを考えてみます。
まず、無閉塞運転機能。これは関係ないでしょう。無閉塞運転は東海道線でも行えます。むしろ飯田線・身延線は、閉塞信号のない自動閉塞式(特殊)の区間が多いので、そもそも無閉塞運転ができない(閉塞信号機がない)箇所が多いんですね。
となると、可能性が高いのはやはり線区最高速度でしょうか。飯田線・身延線に共通しているのは、最高速度が85km/hと比較的低いこと。線区最高速度の監視ができない仕様のP形では、ある種の速度制限に高い速度で突っ込んでしまう可能性がある、といったところでしょうか。
また、制限速度のグループ分けですが、こちらはよくわかりません。篠ノ井線で「しなの」が乗り入れを行っていることから、ある程度のグループ分けは一致しているものと思います。
本記事中の画像は、ウィキメディアコモンズより。cc-by-sa3.0
ここのところ、車両に大きな動きがあったため、少し間が開いてしまったATS-PT講座ですが、前回(第9回)は、非常ブレーキしかないATS-PT車上装置の問題点について解説しました。
通常の運転ではさほど影響ないものの、信号が上位変化した場合に、以下の点が円滑な運転を妨げることになります。
第10回となる今回もこの2点に着目しつつ、もっとも問題となることが多い「停止信号で一旦停止場合の取扱い」についての具体例と、最近実施された改良方法について説明します。
下の図は、場内信号機に停止現示(赤)が出ているときの、車上パターンと実際の運転操作を示したものです。赤の線はATS-Pによってブレーキが作動するパターン。青の線はブレーキ動作の5秒前に鳴る接近警報のパターンです。
赤い線にあたった場合、JR東・西のATS-Pは常用ブレーキがかかるだけで、所定の速度まで下がればブレーキは自動的に緩みます。しかし、ATS-PT車上装置はいきなり非常ブレーキをかけてしまいますので、通常の運転時にはこのパターンに当たることは避けなくてはなりません。このため、ATS-PT搭載車では、青い線(パターン接近)に当たった時点で運転士が手動でブレーキをかけて速度を落とします。
さて、停止信号にかかわる運転取り扱いでは、停止信号の50m手前で停止することになっています。そこで、黒い破線のように速度を落とし、信号機の50m手前で列車を停止させます。ここまではとくに問題ありません。
次に下の図を見てください。所定の位置で停止したのち、前方の進路が開通し、信号が停止から注意現示に変わりました。通常の運転規則であれば、45km/hないし55km/hの制限速度をもって、信号を超えることができます。
しかし、ATS-Pは車上装置にパターンが残っています。パターンは地上子を通過するまで更新されないので、むやみに速度を上げることはできません。
場内信号機の50m手前を発車した列車は、20m程度走ってTS-30地上子を通過するまで、停止パターンが残っています。通過前に速度を10km/h以上に上げてしまうと、パターン接近の青い線にあたってしまい警報が鳴ります。そこでパターンが更新されるまでは、運転士は10km/h以下に落とす、あるいは最初から10km/h未満に速度を抑えて運転します。
ところが、PTではもう一つの問題が生じます。ATS-PT車上装置はパターンの消去(更新)を運転士に通知しません。TS-30を超えた時点でパターンは更新されるのですが、運転士はそれを知ることができないので、ないはずのパターンを恐れて信号機建植位置まで10km/h未満で走行することになります。10km/h未満という速度は、体感的にハエでもとまりそうなぐらい(笑)。この50mを通過するのに、以前なら10~15秒程度のところが、30秒以上かかってしまうことも。さらに、信号機を超えてからやっと速度を上げるので、ロスタイムは相当なものになります。
そもそも駅の手前で停止を余儀なくされること自体、ダイヤに遅れが生じているわけですが、PTの取り扱いによって、ますます遅れが拡大することになるわけですね。
さて、このような問題を解消するにはどうすればよいでしょうか、思いつくところを並べると、
1番目はJR東西のATS-Pと同様の改良を施すわけですが、PTの根幹に関わる部分なので、そう簡単には実施されないでしょう。2番目は、ATS-PFやATS-Ps車上装置で実績がありますが、これも新たなコストが発生しそうです。3番目は対症療法的なもので、頻繁に列車を停止させる信号機にのみ、地上子を増設するものです。1番・2番ほどではありませんが、新たなコストを生じます。
さて、どうするのかと思っていたのですが、8月ごろに動きがありました。おそらくもっともコストのかからない方法です。それは、
というものです。下の図をご覧ください。
つまり、所定では50m手前であった停止位置を、消去用地上子TR-85の直前に変更するというわけです。
具体的には、TR-85地上子の直前に[ ○ ]と書かれた停止目標(枕木上)を設置します。この位置で停止すれば、信号が上位に変化して発車すると、すぐにTR-85地上子を通過し、パターンが更新されるんですね。旧来のTS-30地上子を通過するときに比べて、パターンにも速度的な余裕がありますので、運転士は何も考えずフルノッチを入れて速度を上げられるというわけです。
現在のところ、場内信号機に対して停止目標が設置された駅は、
この3箇所を確認しています。いずれの駅も、駅構内の進路がなかなか開かず、場内信号機で列車が停止することが多い駅です。PT導入以来、遅延が多発していましたが、この措置によってスムーズな運転が実施されるようになりました。
ただし、この方法はどんな駅にでも適用できるものではありません。以前説明したとおり、TR-85は必ず設置されているわけではないからです。また、出発信号機と停止位置が近い場合の問題が生じる箇所については、抜本的な対策とはなりえないのも事実です。とはいえ、簡単な方法で問題をクリアしてくれたのはありがたいことです^^
2012年に入り、消去用地上子を通過したことを示す標識が、新たに追加されている箇所が出てきました。
これも円滑な運転のために実施された改良と思われます。効果に期待したいところです。